映画『戦場でワルツを』感想

ZERO-tortoise2009-11-25

 ずいぶん前に試写で観た。8月の始めに渋谷のショウゲートの試写室に開映間際に滑り込んだ。話題作なので満席に近い状態だった。各国の映画賞を総ナメにして、2008年アカデミー賞外国語映画賞の本命と目されていたが、投票前後にイスラエル軍によるハマスへの“非人道的”攻撃が世界世論から非難されたことから(いかにアカデミー会員が映画の本質を観ていないことが解るエピソードだと思う。この作品の内容は、従来の戦争に躊躇のないイスラエルの好戦的なイメージとは、実情が程遠いことを教えてくれるものなのに…。ユダヤ人が米映画産業の覇権を握っているというのも関係するだろうが)、地滑り的に「おくりびと」が賞を獲得したという日本にとっても因縁のある作品。満を持していよいよ日本公開だ。
 まだ未成年の頃、イスラエルの「レバノン侵攻」に参戦した元兵士のアリ・フォルマン監督が、自身の経験を基に製作した自伝的なドキュメンタリー・アニメーション。フォルマンの記憶からは、レバノンでの出来事が抜け落ちていて、失われた過去を取り戻すために、監督は世界中に散らばる戦友たちを訪ね歩きインタビューを重ねていくうちに、記憶の断片が徐々に回収されていく…といった作品だ。
 このドキュメンタリー・アニメーションの制作過程はとても特殊だ。監督はまず自分と同じ部隊にいた兵士たちのインタビューを記録して、それらを編集して1本の映画スクリプトを構成した。語りおろした多くの戦友たちは本人の声でそのまま出演している(一部の登場人物は声の出演を拒否したため、別途ヴォイスキャストによってインタビューは再現された)。そしてそのスクリプトに併せた形でアニメーションが制作されたという。インタビュー場面もロトスコープは使用されずに、それぞれイメージをいちから起こした。その効果がいかんなく発揮されたのは戦闘シーンだ。フィクションの実写でも実際の記録映像でも表現できなかった映像を我々に提示してくれる。明け方に見るおぼろげな悪夢のように、狂気を孕んだ<黄色い記憶>のように、強烈な映像がフォルマン監督独特の斬新な手法やビジュアルで表現される。心象風景を歪んだレイアウトで構成したいくつものシーンがたたみかけてきて、衝撃のラストシーンへ繋がっていく。

 僕自身、イスラエルの1982年の<レバノン侵攻>に関してほとんど知識もなく、滑り込みで観たのでプレスリリースも未見のまま映画に臨んだのだが、歴史的なアウトラインはある程度押さえてから「戦場でワルツを」を観た方が、この作品の場合いいと思う。
キーワードは1982年に起きた"サブラ・シャティーラ大虐殺"。映画公式サイトの「THE FILM>映画の背景」でも簡単に触れられているが、昨年東京フィルメックスで上映された際の解説に詳しい。是非ご一読を。
 原題「WALTZ WITH BASHIR」のバジールとは、レバノン内戦のキリスト教系指導者・バシール・ジュマイエルのことで、作中、バジールの大きなビルボードの下でワルツを踊るように機関銃を掃射する兵士のシーンからきている。
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2009年11月28日(土)よりシネスイッチ銀座他 全国順次ロードショー

英題:WALTZ WITH BASHIR
監督・脚本・製作:アリ・フォルマン
美術監督イラストレーター:デイヴィッド・ポロンスキー
アニメーション監督:ヨニ・グッドマン

「戦場でワルツを」公式サイト
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