『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』感想

『多崎…』を読み終えて俯瞰して思うことは、この作品はカジュアリティーズの少ない『ノルウェイの森』だなということ。逆に言うと、生き残ることが出来た、生き残ってしまった者達の多い『ノル森』を村上春樹は書きたかったのかなと思った。

いっぽう、こちら側とあちら側を彷徨う薄幸の女性はいつものように登場するわけで、結果的にオカルト要素を排除、もしくは希釈した『国境の南、太陽の西』だと言える。性夢と見覚えのない暴行、雨の夜の生霊と犯人の分からない殺人、これらを示しながらも今作ではハルキさんは直接は結び付けない。

また、『アフターダーク』の文体や世界観の捉まえ方が『1Q84』に際してのウォーミングアップだったのと同じ意味で、『色彩を持たない多崎…』は、ハルキさんが今後目指す長大な教養小説への肩慣らし的な作品なのかもしれない。
今作に見ることができる、完全三人称、あえてツメの甘さを残す文体、iPodも登場するまったく現在の時制、<歴史>が絡まないこと等、いろいろ「試してる」と伺える。

また今作をミーハーに手にした読者に「なんじゃこれ?」感が蔓延してしまうことも想像に難くない。