「新宿御苑の芝生」というマボロシ

ブログのタイトルが日記とあるから、たまには日記的な文章。

昔、いろんな叶わない想いがまずあって、加えて、互いの誤解や勝手な解釈があって、それでも僕らは、あの親密な日々を、ほんの些細な出来事やさざめく想いを、慈しむように積み重ねて、とても大切なモノとして過ごしていた。でも、だから、そんな危うげな砂上の楼閣は、ふる時の風にさらさらと吹き去り、僕たちは結局、それぞれのいまに至っている。うん、よくある話、ちっとも特別じゃない。

知り合うことができて、そして離れてしまった数え切れない多くの人々…。後ろ姿さえおぼろげな人々の群れ…。どうする術も持たないから、ただ傍観するだけしかない。

そして今、濃密な日々をある時期いっしょに過ごして、その後すっぽり時間の空いたヒトと、僕は陽だまりの「新宿御苑の芝生」に居る。今更に落ち着いた気持ちと言葉で、ゆったり、たゆたうようにあの頃のことを確認し合うと、自覚的自律神経は曖昧になり、どこでもない、でも懐かしい匂いのする地平に放り出される。

新宿御苑の芝生」に座り、20年前と同じ口調で話すヒトを寝転びながら仰ぎ見ていると、まるでマボロシがそこにあるみたいだよ。僕らが過ごした大昔の何年かと、僕らが過ごさなかったもっと永い時間と、もう縮尺を失って、辿り着いたこの辺土に、僕らは密やかにひと時佇む。まるで「新宿御苑の芝生」自体が時空を超越したマボロシのようだったよ。