『アバター』3Dは映画ではない

ZERO-tortoise2009-12-25

アバター』3Dは、もはや普通の映画映像ではなく、例えば万博パビリオンで好奇心旺盛な来場者が初めて眼にするような革新的映像だ。上映開始直後、<憑依人体・アバター>の視界を通じて、未知の星・パンドラの森にまるごと没入して僕はそう思った。
 まったくの私事だが、僕は業務として某博覧会の映像製作に携わっていた時期がある。結構前の話になってしまうが、その時点で、3D映像のテクノロジーと可能性を検証し、裸眼立体映像やヘッドマウントディスプレイによるMR(Mixed Reality)、全天周360度スクリーンなど、ハード・テクノロジーを通じて、どのような3Dコンテンツ表現が実現できるかを試行錯誤し、製作に従事するスタッフのひとりだった。
 2009年12月22日の先行上映で『アバター』を、109シネマズ川崎のIMAX3Dで観てきたのだが、映像表現だけで、このレベルまで3D映像をプレゼンテーションする、ジェームズ・キャメロン監督に畏敬の念を抱いた。IMAXシアターとゴーグルの2つの装置<だけ>で、3Dを体感することができるようになったことを実感、映像コンテンツの諸々の制作ツールの技術力・表現力もスゴイところまで来ていることを確認させてもらった。「観るのではない。そこにいるのだ。」というこの映画のキャッチコピーは、IMAX3Dで『アバター』を観た者が皆持つ感想だろう。

 現在、そのパテントが高額であることから、日本で映画興行をしているIMAXシアターは4つしかない。4つのIMAXシアターがもし観に行ける場所にあるなら、何はともあれこちらの映画館で『アバター』3Dを今、体感しておくべきだと強くおすすめしたい。IMAXが無理ならば、メンテナンスがしっかりしている映画館の、出来るだけ大きなスクリーンの正面で3D版を観るべきだ。3DゴーグルをかけるとどうしてもスクリーンのANSIルーメン(簡単にいうと輝度×面積)は下がるので、暗い映像になってしまう。この点も考えるとIMAXデジタルのANSIの高い明るいスクリーンは『アバター』の3Dを楽しむのには最も適しているのだが、中途半端な大きさでメンテナンスが行き届いていないシネコン等でうっかり3Dを観てしまうと、スクリーンが暗くて奥行きも判らず、『アバター』3Dこんなもんか?という印象を持つ危険性もある。
 できるなら3Dメガネのメーカー(方式)にもこだわりたい。僕の個人的経験では、IMAX3Dの次にお勧めしたいのは、分光方式レンズの<Dolby3D>方式のゴーグルを採用している映画館だが、専用機器の導入コストが高い為、採用している館数が全国的には多くない。視界は狭いものの<Dolby3D>は映像の発色の妨げがいちばん少ない3Dメガネだろう。フレームが赤い<XpanD>方式のゴーグルをシネコンで貸与される機会が最近は多くなった。<液晶シャッター方式>のこの3Dメガネは重く視野も狭いが、視座による3D再現の影響をいちばん受けないゴーグルだろう。ただし、通常近眼メガネ等をかけている人にはゴーグル位置のキープが、特に2時間40分を越える『アバター』には、なかなかキツいかもしれない。そして映像はかなり輝度を落とすこととなる。もうひとつの方式は<RealD方式>と言われる3Dゴーグルだが、他に選択肢がある場合は、この方式を採用している劇場はできるだけ避けた方がいいかも(個人的な意見だが)。3Dの方式は各映画館のサイトに書かれている場合もあるし、問い合わせれば教えてくれる。興行会社の系列でも大体決められている。

 僕が『アバター』は3Dで観るべきと強く勧める理由は、この作品の映像表現はすべて3D立体映像を前提として制作されたコンテンツだと思うからだ。映画の舞台を森深き星・パンドラに設定したことがまず立体映像として意識的だ。裸眼の双眼で我々が実際に見る具象は当然、それ自体が3Dの<情報>を持っている。一方、映写される映像は2次元の情報であり、それを<立体>として【誤認識】されることによって、僕たちは3D映像を体感することが出来る。【誤認識】のために3Dゴーグルはフィルターやシャッターによって、左右の眼に映す映像を制御して、画像をズラして二重に映写した映像を3Dとして認識させる。だから、実際は平面上に展開されるCGアニメ(例えば『カールじいさんの空飛ぶ家』とか)も、3Dのデータを映写すれば<立体>として観ることができる訳だ。ただし、それは認識として<立体>に観えるだけで、ともすれば背景と人物のスライスされた<切り分け>にしか観えないこともあり、雑にレイヤーを重ねられた多くに3D映像は、その範ちゅうを出ることは稀だと僕は思っていた。
 話を戻して、『アバター』3Dの舞台が鬱蒼とした、オリジナリティ溢れる魅力的な<森林>だということ。アニメやCGIにおいては、シーンのレイアウト(構成)にどれだけ映像の積み重ね(グラフィック用語でいうレイヤー、アニメだとマスク)を敷くかで、シーンの奥行や躍動感に大きく影響する。森林だと、前後に種々の立木を配せるし、飛び交う虫や差し込む木漏れ陽、樹木の幹を重ねることで、いくらでも奥行きを表現することができる。巨大な森だとそれは上下にも表現することができ、『アバター』ではそれが確信的にレイアウトされていた。驚いたのは、1カット1カット、どのように観客に3Dとして観てもらいたいかを定めて、辛抱強くそれを積み重ねることで、僕らは映画の前半ですっかり衛星・パンドラの動植物の生態系に、えも言えぬ魅力と親近感を抱くことになってしまう。そしてその深遠な森で活躍するナヴィ族とアバターの造型にも3D映像への工夫がみて取れた。モーションキャプチャーでスキャニングされた俳優たちのアクションは、肢体はそのままでは表現されず、体躯を人間のおおよそ1.5倍に設定されたナヴィ族として映像化される。ナヴィたちの姿は、頭・手足のバランスも人間を比べて引き伸ばされて、しなやかに森を駆け巡る。加えてしっぽを付けることで動きの残像と、異族の感情表現を理解する手助けとしていることも見事な設定だと思う。ナヴィ族の体躯の大きさは、後半の人間との直接対決・交流の画づらにも活かされることとなる。ひとつひとつ、森とナヴィ族の掟を教わって行くアバター・ジェイクよろしく、僕らが見知らぬ世界への冒険綺譚を魅惑的に体感するために、様々な工夫をキャメロンは配しているのだ。
 3Dのレイヤー・レイアウトの仕掛けは、作品冒頭ののっけから示される。モノローグに重なりフェードインする映像は、冒頭無重力に浮かぶ水泡にフォーカス、コールドスリープから覚醒する主人公にピンがあたり、そして宇宙船の船内すべてが鮮明に観て取れるパンフォーカスをキャメロン監督は3Dでやってのける。とんでもない映像の始まりを告げるシグナルだと感じた。監督はカットごとに、3Dをどう観て欲しいかをすべて規定して映像を提供しているので、その計算し尽くされたレイヤーに、字幕のレイヤーが重なると3Dが疎かになってしまう。僕は冒頭で字幕を追うのをやめて、奥行きのある3D映像を堪能することに決めた。字幕は戸田奈津子大センセイの<翻案>だしねw。IMAX3Dは上映館が少ないのと、音響設定がより高度な為か、すべて字幕版での上映となっているようだ。(修正:吹替え版も上映されています)予告編の吹き替えのクオリティのままだとちょっと不安だが、3D吹替版での『アバター』の上映も観てみたい。

 多くの人がすでに指摘しているように『アバター』はストーリーとしては目新しいものはあまりないかもしれない。キャラクターの掘り下げもとても甘い。ポカホンタスダンス・ウィズ・ウルブズのストーリー展開に、もののけ姫ナウシカの舞台設定、ナヴィ族の造型は手塚治虫の作品で既視感がある。SF的に語るにはぬるい部分も多々ある。そもそも、ナヴィ族の<原住民>イメージがステロタイプ過ぎる。キャメロンがある種のメッセージを込めてそうしたとは思えないし、だいいち<原住民>批判は避けるために、ナヴィ族を青い肌にしたのかなと、うがった見方もできる。個人的希望としては、カップルが交歓する際は人間サマと同じキスシーンではなく、例の<コネクター>で想いを酌み交してほしかったな。
 でも、僕は冒頭で『アバター』は映画ではなく万博映像だと述べた理由の一端も、物語の単純性にもある。元来、万国博覧会の機能はワールドワイドな見世物小屋だった。前世紀初めの万博では、物珍しい未開の民族を連れてきて<展示>された。時代は流れ、ニューヨークの万博では「イッツ・ア・スモールワールド」が見世物の代替えとして人気を呼び、大阪万博では「月の石」という見世物と、奇しくも世界初のIMAXシアターが建設され、その映像体験に狂喜した。人々が万博に求めるものは今まで知らなかった「未知の見聞」であり「驚きの体感」だ。だから僕は『アバター』IMAX3Dをまるで万博の映像体験だと述べた。そしてそれは、映像のストーリーやメッセージは、様々な民族が理解できるように簡単明瞭に単純化したものであることを要求されることとなる。ジェームズ・キャメロン監督がどこまで自明だったか分からないが、そういった意味で僕は『アバター』の物語の解り易さは正しいと思う。

 映画の歴史を鑑みる時、「トーキー」という映画の技術のエポックとして『ジャズ・シンガー』という作品が語られるように、3Dコンテンツとして『アバター』は後年評価されるのではないかと期待を込めて僕は思う。一方、3D映像ビジネスのモデルケースとして『アバター』は捉えられている側面もあるようだが、興行的にこの作品が成功しても、そのノウハウは別の映画製作に応用はいろいろハードルがあるのではないかと感じている。『アバター』3Dが画期的だったのは、技術とコンテンツレイアウトのジャストフィットして制作された映像だからだ。決して技術とストーリーテーリングのアジャスト方法を見出した訳ではないことは忘れてはいけない。二匹目のドジョウ、なかなか難しそうだ。どんなことでもそうだけど。
 それでも期待を込めて僕は思う。映画が第七芸術と宣言されて久しいが、映画はそろそろ次のステージに進んでもいいのではないかと。


※追記1
12月26日(土)に、新宿ピカデリーで『アバター3D』吹替え版で観て来た。2回目。3Dゴーグルは赤いフレームのXpanD方式だった。やはり液晶シャッターのメガネはスクリーンが本当に暗くなる。また、視界もかなり限定される。あまり前の方の席だと(僕は前から2列目の真ん中だった)、両端の映像がゴーグルからはみ出してしまう。また、電池を内臓している構造上(メガネのブリッジに赤外線センサーがあって、スクリーンの後から発信されるシャッター切り替えの信号を受信している)メガネは重く、長時間の3D映像にはやはり向かない。IMAX3Dとその感動も70%といった感じだと個人的には感じた。


※追記2
12月30日(水)に、東京圏では唯一(と思われる)<Dolby3D>方式を採用している、Tージョイ大泉に『アバター3D』を観に行く(新宿バルト9はT-ジョイ系だが、電話して訊いてみたところ、すべてXpanD方式に切り替えたらしい)。分光方式と言われる3Dメガネは軽く、スクリーンの輝度も落ちない。ただし、レンズ面積が狭いため、視座を動かさずに眼球だけ端を観ると映像がぶれて観えることもあった。この方式は映像光をRGBに分解して3Dに見せている方式で、体感としては144コマ/秒の速い横の動きに網膜の映像処理速度が追いつかない事もあったような気がする。トータルしてXpanD方式より良かったと思う。こうなってくるとワーナーマイカル系にRealD方式を観に行ってしまうのだろか、おれw


※追記3
1月6日(水)に、109シネマズ川崎 シアター7のIMAXで4回目w。DS(どうか・してる)状態ですね。横通路のスクリーン寄りのブロックで、最上段のE列の真ん中で観たが、視界120%にスクリーンが拡がる感じ。スクリーンの下の稜線は、前席のシートトップにかかる感じに観える。21:00からの最終回だったので、B〜D列は無人で、気持ちよく観ることができた。やはり専用のプロジェクター2台から映される映像の明るさはIMAXは素晴らしい。それと、後半のドンパチで一番体感したのだが、音響の立体感も他の劇場の比ではない感じ。3Dメガネは偏光フィルターだから仕方がないが、垂直方向の傾きにはやはり弱く、ちょっと顔の角度を変えると3Dが崩れてしまう。

※追記4
究極映像研究所さんのTweetで知ったメイキング映像がすごい。
http://www.wetafx.co.nz/features/avatar1/
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2009年12月23日より公開
原題:Avatar
監督・脚本:ジェームズ・キャメロン
製作:ジェームズ・キャメロン、ジョン・ランドー
製作総指揮:コリン・ウィルソン
撮影:マウロ・フィオーレ
美術:リック・カーター、ロバート・ストームバーグ
編集:スティーブン・リフキン、ジョン・ルフーア、ジェームズ・キャメロン
音楽:ジェームズ・ホーナー
出演:サム・ワーシントンゾーイ・サルダナシガニー・ウィーバー、スティーブン・ラング、ミシェル・ロドリゲス、ジョバンニ・リビシ、ジョエル・デビッド・ムーア、CCH・パウンダー、ウェス・スチュディ、ラズ・アロンソ

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