1Q84読中メモ35

第11章(青豆)均衡そのものが善なのだ
 ターゲットの黒幕に対して、青豆は表の仕事の作業をプロフェッショナルに進めていく。そして老婦人から依頼された、裏の仕事に段階を進めるが青豆を何かが躊躇させる。すべて黒幕に把握されているような気がする。
 探り合ううち、黒幕は青豆に彼女と同じように、この世界において<天吾>も重要な役割を持っていると告げる。そして黒幕から、青豆のいるこの世界を指して<1Q84年>という言葉が出た。青豆が自分だけに便宜的に置いた言葉なのに。
<〜「この世には絶対的な善もなければ、絶対的な悪もない」と男はいった。「善悪とは静止し固定されたものではなく、常に場所や立場を入れ替え続けるものだ。ひとつの善は次の瞬間には悪に転換するかもしれない。逆もある。ドストエフスキーが『カラマーゾフの兄弟』の中で描いたのもそのような世界の有様だ。重要なのは、動き回る善と悪のバランスを維持しておくことだ。〜」>

 今日、電車の座席で隣の初老の男性の読んでいる本をふと見ると『1Q84』だった。こういう現象をベストセラーというのだろうなあ。彼は僕より少し先の章を読んでいた。