映画『第9地区』今年50本以上新作を観た僕のナンバー1作品!!

ZERO-tortoise2010-04-07

 南アフリカヨハネスブルグ上空に巨大な宇宙船が現れ空を覆う。不気味に浮かぶUFOに調査隊が突入すると<難民>として無数のエイリアンがいた。異星人は<第9地区>と呼ばれる隔離された塀の中に移される。そして時が流れた。スラム化した<第9地区>を忌み嫌った人類は、僻地にある新たな収容キャンプ<第10地区>に180万に増殖したエイリアンを移住させることを決める。その移設オペレーションを委託された民間の軍事請負企業MNUで作戦の指揮をとる主人公を追うドキュメンタリーとして映画は進んでいく。
第9地区』という擬似ドキュメンタリーは様々な種類の映像によって構成されている。実際のニュース映像とそれを加工したもの、本物の南アの住人へのインタビューとそれを巧妙に編集した映像、ドキュメント映画によくあるような、主人公・ヴィカスの関係者や識者へのフェイクインタビューが絶妙のカッティングで観る者を圧倒する。前半メインの映像はヴィカスが会社の公正さを証明するために作戦の進行をリアルタイムで撮影した素材(これは勿論すべてフェイク)なので、ヴィカスはカメラ目線で話しかける。監視カメラや軍が撮影した映像も織り込まれてこの映画世界のリアリティラインは確固たるものになる。後半、主人公の<逃亡>が始まると、物語を追う客観視点の手持ちカメラの映像が加わりストーリーを加速させる。僕が全体の映像構成でまず思い出したのは、TVドキュメンタリーの秀作「9.11〜アメリカを変えた102分〜」だった。
 ニュース映像や民生ビデオのタイムスタンプ、記録映像のTCRから、その映像の撮影された日時が分かるようにニール・ブロムカンプ監督は仕組んでいる。それらを追っていくと、巨大UFOが現れたのは1982年という設定、28年後の2010年に<第10地区>移送作戦が展開されることが読み取れる。劇中のニュース映像で<第9地区>が作られてから20年間(Two Dicadesという言い方だった)で荒廃した等のコメントがいくつか出てくる。つまり、宇宙船来訪から8年間は人間と異星人の関係は混乱した状態にあり隔離政策も執られていなかったと想像できる。そこには意思の疎通や交渉、関係の優劣がきっと手探りに図られた結果としての<第9地区>だったのだろう。
 この作品で誰もがいちばん新鮮に感じるのは人類と異星人のスタンスだろう。エイリアンは地球の資源を狙って侵略に来た訳ではないし、不幸なコンタクトで闇雲に凶暴性を振りかざす訳でもない。高度な知能と文明のもと自滅に向かう野蛮な地球人を救済に来た訳でもなく、置いてけぼりをクラって少年と友情を育むこともしない。異星人は弱った<難民>として人類と遭遇してしまうのだ。巨大宇宙船を建造できるテクノロジーを持っている筈のエイリアンは人類に対して<君臨>しない。文明と文明が遭遇した時、その優位を決めるのは技術力ではなく政治的狡猾さであったり好戦的民族性であったことは、人類の歴史を繰ると自明だが、宇宙人との遭遇もそうかもしれない。身体的能力もエイリアンは劣っている訳でもないだが、彼らは決して<チカラ>で地球人と向きあおうとしない。スラム化した<第9地区>でイザコザは起こすが、組織化した<暴動>までは至らない。でもここで描かれるエイリアンは無抵抗平和主義な訳ではなく、背を丸めた無気力な<種族>として鉄条網の中で暮らしているように見える。第9地区のエイリアンは、ツルツルの宇宙服や流線型のガジェットは持っていない、直立する甲殻類のルックス、<エビ>と蔑まられる種族として在る。いっぽう、異なる文明の接触は解釈できない他方の文明へのカルト的な信奉も生まれるものだ。この映画ではそうした側面も描かれる。そしてそれが物語の推進力となる。異星人の持つ強力な武器は、人類には扱えぬスマートな認証装置をキーとしている訳でもない。この映画の2010年時点では、人類とエイリアンはファーストコンタクトから30年近く経っているので互いの言葉もヒアリングできるが、発声器官の構造が違うからそれぞれの言語は喋ることはできないという設定もすんなり見せる。
第9地区』はSFというフォーマットを通じて、地続きな現実の様々なフェースの問題や興味を透かし見せる。そして娯楽活劇としての物語の展開もたっぷり楽しませてくれる。僕がくすぐられたイメージ(順不同)→ケープタウンの”District 6”、9.11、エイリアン・ネーション、プレデター幼年期の終わりスターウォーズザ・フライ、ET、板野サーカスシティ・オブ・ゴッド伝説巨神イデオン装甲騎兵ボトムズ、インディペンデンスデイ、スモーキーマウンテン、スラムドッグ・ミリオネアマジンガーZ、JM、遠い夜明け…
 ピーター・ジャクソンは人気ゲーム『HALO』の実写化を南アフリカ出身の新鋭ニール・ブロムカンプ監督と進めていた。しかし資金面で頓挫してしまう。そして2005年の短編「Alive in Joburg」を下敷きにブロムカンプ監督はプロットを長編として作り直し、P・ジャクソンが3000万ドルを集めて製作したのが『第9地区』だ。30億円あれば、ここまでの映画が創れられることをまず感動したい。

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人類、立ち入り禁止。

2010年4月10日(土)ロードショー

原題: District 9
監督: ニール・ブロムカンプ
製作: キャロライン・カニンガム、ピーター・ジャクソン
製作総指揮: ケン・カミンズ、ビル・ブロック
美術: フィリップ・アイビー
音楽: クリントン・ショーター
編集: ジュリアン・クラーク
出演:シャールト・カプレイ、デヴィッド・ジェームズ、ジェイソン・コープ、ヴァネッサ・ハイウッド

公式サイト


アメリカ版予告編

元となった短編「Alive In Joburg」