僕らが本当に薬師丸ひろ子信者だった頃に

ZERO-tortoise2010-01-09

 3つのプロジェクタースクリーンに角川映画薬師丸ひろ子主演作のダイジェストが流れ、ステージの幕が開けられる。バックステージに派手なジョーゼットがドーン! ホテルの宴会場で開かれるザ・リサイタル感バリバリ。お、ちゃんと生バンド入れてるんだ。そして薬師丸ひろ子は『メイン・テーマ』を歌い始める。会場を埋め尽くす「薬師丸ゾーン」の世代にインプリンティングされている<歌声>は、とうに脱会した筈の宗教に僕らを引き戻す魔力がある。
 歌の合間に薬師丸は饒舌に喋る。歌声は昔のママだが、地声は低くなっている。モノマネされつくされた<エヘ>のポーズをそのまま本人がやる事に逆に新鮮な感動を覚える。彼女の生の言葉は、当時堅牢な角川の砦に守られていてあまり伝わってこなかったけど、薬師丸さんは本当に真面目で、そして天然な人なんだなあという<教祖>の実像が垣間見ることができたような気がした。このリサイタルのモチベーションに、「歌を届けたい」というセリフを何度も繰り返していた。いやいや、こちらこそ、ありがとうございますです。
 e+のサイトでこのリサイタルがあることを知り、酔に任せて先行予約のボタンを僕は押していたことすらよく覚えていなかった。「当選しました」のメールが来て、え?っとなったのだ。8940円、ヤクシマルにちなんだチケット代と手数料合わせて1万円弱、決して安い金額ではない。当日会場の赤プリに行くと、ロビーには東映関係者が溢れている。そりゃそうだ。知った顔もいたのでバレないように会場に入る。クリスタルパレスの間は22列×約50縦の宴会椅子が整然と並べれれている。e+でとったチケットの常だが僕の席は悪い。かなり後ろで人の合間に薬師丸さんが観ることがやっとできる。多分、ファンではなく、お付き合いの招待で来たであろう、僕と同じ会社の連中が前の方の席に案内されていく。むむむ。
 それにしても、歌う曲すべての歌詞がフルコーラス頭に入っているのはいったいどうしたことなんだろうと自分でも思う。最近は6桁の数字すら暗記できなかったりするというのに。若さと情熱を傾けた<信仰心>って本当にすごいと今更に思う。
 でも、歌っている曲自体もとてもキャッチーなことは確かだ。当時薬師丸を支えたソングライターを列挙すると、それはそのまま80年代のニューミュージックを牽引したメンツが並ぶことになる。来生たかお大瀧詠一、竹内まりあ、南佳孝ユーミン筒美京平井上陽水、宇崎竜童、中島みゆき…。全13曲、1曲だけ知らない歌があった。帰宅後調べてみると「語りつぐ愛に」という歌だった。1989年の歌、その頃の薬師丸ひろ子にはもう関心が薄れていた。

 そもそも、このブログでも映画に関してあれこれ知ったような記事を書いているが、僕の<映画>の原点は薬師丸ひろ子であり、角川映画であり、「月刊 バラエティ」だった。中学時代、「翔んだカップル」の薬師丸に夢中になり、ピクチャーレコードとか買ったクチだ(あ、この映画はキティか)。意志と目的を持って初めて観た映画がこれだったため、しばらく僕は相米慎二至上主義に囚われ、「セーラー服と機関銃」でそれは補完される。教団・薬師丸の機関誌だった「バラエティ」から僕は角川映画以外の映画情報やサブカルの知識も吸収したような気がする。キネ旬とか、ハードルが高くて読めなかった童貞には、毎号角川女優のピンナップが載っている「バラエティ」は聖典だったのだ。薬師丸ひろ子はその時期他にいなかった<映画女優>であり、TVタレントのファンじゃなくて、映画女優のファンであることの、へんな誇りもあったような気がする。まあ、いろいろこじらせていた訳だ。
 熱狂は冷める日がいつかくる。宗教に対する疑いも豊富な情報の渦の中では発生してしまう。僕の薬師丸熱も、「メイン・テーマ」を頂点として、なだらかな下降線を辿り、1988年の山田洋次監督の「ダウンタウン・ヒーローズ」で途切れた。この映画の主題歌である中島みゆきのカバー「時代」は好きだった。

 第2部に入り、劇中薬師丸ひろ子が歌った曲のメドレー。「翔んだカップル」から「異邦人」、「セーラー服と機関銃」から「カスバの女」。続く、薬師丸の澄んだ声で歌う「時代」に思わず涙が込み上げる自分に驚く。この曲を薬師丸が歌っていたことすら聴くまで忘れていたのに。
 いろんな時代を経て、僕はたぶん、意図しなかった場所に今流れ着いている。変わろうとして、カッコよくなろうとして、デキる人間として評価されたくて、ぐらぐら不安定な価値観を渡り歩いて来たような気がする。その過程で薬師丸ひろ子ファンである事も脱ぎ捨てて来たのかもしれない。
 ちっとも偉くもカッコよくもなっていない自分が、45歳になった薬師丸ひろ子を観る。不遜な言い方かもしれないが、もう一度、薬師丸ひろ子を受け入れる。それがとても素敵な決め事に思える。このコンサートに来て本当によかった。

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薬師丸ひろ子 Songs 2010〜今度は愛妻家公開記念〜」
2010年1月7日(木)19:00〜21:45
グランドプリンスホテル赤坂 クリスタルパレス
音楽監督井上鑑

セットリスト(曖昧な記憶によるから不正確)
第1部
1.メインテーマ
2.すこしだけやさしく
3.紳士同盟
MC
4.探偵物語
5.ステキな恋の忘れ方
6.あなたを・もっと・知りたくて
<休憩>
第2部
MC
7.メドレー 〜異邦人〜カスバの女〜時代
トークショー(行定勲豊川悦司)
8.元気を出して
9.語りつぐ愛に
10.Woman "Wの悲劇"より
MC
11.セーラー服と機関銃

アンコール
12.ふるさと
13.メインテーマ(バラードバージョン)
<了>