佐野元春のザ・ソングライターズ vol.9 矢野顕子Part1

 僕は矢野顕子の歌を歌詞に注目して聴いたことはあまりなかった。時代を超越した天才的なコンポーザーとして、またパフォーマーとして一種畏れ多い感じのシンガーだとずっと思ってきた。80年代の初め「春咲小紅」でその存在を知って、何枚かアルバムを聴いてみたが、どの楽曲も難解で複雑で深遠に思えて、僕は矢野顕子に “挫折”した。時が経り、ジャズとかも聴くようになってもう一度矢野に出会った。彼女はあの頃とスタイルを変えることなくシンカしていた。僕も矢野顕子を、いいじゃんと聴けるようになっていた。歳をとることもあながち悪いことばかりではない。
 今回の佐野元春のこの番組は作詞家として矢野顕子を迎える。矢野自身、自分を作詞家として意識したことはない語る。彼女にとって音楽というもの自体が普段の感情・心のゆらめきと一体化して差違がないから、<詞>だけを抽出することはきっとできないのだろう。
 クリスチャンである矢野顕子の歌のテーマにひとつに「普遍的な愛と寛容」があると佐野元春は指摘する。新約聖書の「コリント人への手紙13章」を詞にして英語で歌った曲があるという(「LOVE IS」)。僕は本棚の奥の聖書を引っぱり出してくだんの章を開いてみた。(日本聖書協会 1954年改訳)

愛は寛容であり、愛は情け深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない、
不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。
不義を喜ばないで真理を喜ぶ。
そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。
愛はいつまでも絶えることがない。しかし、預言はすたれ、異言はやみ、知識はすたれるであろう。
         コリント人への第一の手紙、第13章4節から8節

 僕はクリスチャンではないのでその本意はきっと理解はしていないのだろうが、パウロが記したこの一節は多くの人の胸を打つことは確かだろう。

 矢野顕子のはなし。
 矢野の詞は生活に根付いた感情の詞でもある。飾られることのない、日々瞬間の思いを捉えた歌も多い。元春さんからの定型質問への彼女の回答がそれを示していた。
・うんざりすることは?→湿気
・うれいしいことは?→おいしいものを食べたとき
・好きな言葉は?→ありがとう
愛する人への最期の言葉は?→ありがとう

 佐野元春矢野顕子の「Home Sweet Home」に注目していると告げると彼女はビビットに反応する。曲中の歌詞である「たとえひとりきりになったとしてもHome Sweet Home」は自分のコアにある想いだという。「Home」とは自分が自分であることを確立する場所であると彼女は言った。

 来週はワークショップもあるようだ。楽しみ。

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